熊本市現代美術館 オープニングトーク

2026.07.04 article

2026年7月4日、展覧会の開幕を記念して、〈ミナ ペルホネン〉デザイナーの皆川 明と田中景子によるオープニングトークが開かれました。前半は田中と熊本市現代美術館学芸員の岩﨑美千子が展覧会の見どころを語り、後半は皆川がものづくりにまつわる話を展開。熊本の郷土玩具とのコラボレーション、空想について、変わることと変わらないこと……。たくさんのお客さまと共有した貴重なトークをお届けします。

プロフィール

皆川 明_1995年に〈ミナ ペルホネン〉の前身である〈ミナ〉を設立。ハンドドローイングなどの手仕事によってテキスタルデザインを行い、洋服、バッグ、家具、うつわから空間ディレクションまで、日常に寄り添うデザイン活動を続けている。

田中景子_2002年にテキスタルデザイナーとして〈ミナ ペルホネン〉に入社。手作業によって、大胆な構図と繊細な表現を併せもつ図案を作り出す。2021年に皆川から代表を引き継ぐ。デザイン活動を通じて、社会への貢献と個人の喜びを増やすことを目指している。

「つぐ」はコミュニケーションの形です (田中景子)

岩﨑:「つぐ」という言葉を手掛かりにしてミナ ペルホネンの活動をひもとく今回の巡回展。昨年11月に東京の世田谷美術館で始まり、長野の松本市美術館を経て、熊本が3か所めですね。このタイトルには、どんな想いが込められているのでしょうか?

田中:次につなげる「次ぐ」、継承する「継ぐ」、お酒をそそぐ時の「注ぐ」、ことばを告げる「告ぐ」。どの「つぐ」も、相手がいて初めて意味を成す言葉です。双方向のコミュニケーションだというところが重要だと思います。

岩﨑:各展示に音楽にまつわるタイトルがつけられているのも魅力的です。最初は「chorus」。見た瞬間にワーッと気持ちが高揚する空間です。

田中:ミナ ペルホネンが作ってきた1000種類を超えるデザインの中から約180種を集め、音の響きがつながっていくように展示した空間です。実は熊本会場から加わった新しい柄もあるんですよ。鳥の刺繍を施した”ilo”と、色とりどりの星を散りばめた”star garden”。後者は、皆川がミナを立ち上げた時に描いた柄”hoshi*hana”へのオマージュともいえる新作です。次の展示「score」では、1つのテキスタイルがどのように作られているのかを表現しました。楽譜の上の音符を追いかけるような気分で見ていただけると思います。

岩﨑:ファッションの展覧会というと、個々のデザイナーに焦点をあてることが多いのですが、本展では、「これが田中さんのデザイン」「これが皆川さんのデザイン」といった強調はしていない。

田中:そうですね、私たちはチームワークでものを作ることがほとんどなので。始まりは1人の発想だったとしても、そこにさまざまな人の技術や新たなアイデアが加わっていく。ストーリーを乗せていくようにものづくりをするんです。

岩﨑:「ensemble」では、刺繍やプリント、織りなどの工場の様子が紹介されています。

田中:ちょっとした社会見学と言いますか、工場を訪ねて職人さんたちの仕事を体感できるような空間を目指しました。たとえば刺繍工場では、長さが16mもある機械で生地に刺繍を施すのですが、その様子を原寸大の映像で展示しています。映像では、職人さんたちが日々ものづくりに向き合う時のまなざしを、是非見ていただきたいですね。

岩﨑:職人たちの手仕事の現場を体感できると同時に、ミナ ペルホネンはテキスタイルから自分たちで作っているんだということを、改めて実感できる展示です。

田中:展示の後半、「voice」の部屋から少し雰囲気が変わります。ここで流しているのは、いつもお世話になっている職人さんや作家さんたちが語る映像。「つぐ」という言葉を軸に、皆川と私でインタビューをしました。ご自身の仕事と誠実に向き合ってきた方たちの言葉からは、たくさんの学びと感動と、生き方のヒントみたいなものも受け取れると思います。

岩﨑:このお部屋では、皆川さんと田中さんへのインタビュー映像も見ることができるんですよね。

田中:……私、ものすごく緊張してしまって、1ミリも笑ってないんです。緊張で手がずっとこう(全ての指がそろって、指先まで力が入っている様子)なっているのも恥ずかしい(笑)。

岩﨑:言われるまでまったく気づきませんでしたが、これからご覧になる方は田中さんの手に注目してしまうかも(笑)。そして最後はリメイクをテーマにした「remix」という展示です。

田中:ミナ ペルホネンの服を長く着続けてくださっているお客さまから、生地が傷んでしまったり、ほころびができたり、サイズが合わなくなったりしても、愛着があって簡単には手放したくない。もっと長く着たい……というお声をいただくことが多いんですね。お直ししてお子さんやお孫さんに引き継ぎたいという方もたくさんいます。そういう方々と皆川が直接対話してリメイクした服と、そのストーリーを紹介しています。

岩﨑:ダメージを受けた場所を刺繍で新たなデザインにしたり、ワンピースをセットアップにしたり。しかし単に元に戻す「修復」ではなく、着用者とその服の思い出やストーリーをふまえて、お直しも含めた「デザインの再構築」がなされていることがポイントですよね。「こんな風に服を変えることができるんだ!」「じゃあこんなこともできるのかな?」と、見ている側のクリエイティビティも刺激されます。

熊本の郷土玩具とのコラボレーションに感激

田中:本展は日本各地をツアーしながら続いていく展覧会ですので、旅する中で、それぞれの土地と特別な取り組みをしてみようと考えました。それを「session」と題しています。

岩﨑:熊本では大きく3つの取り組みを展開しておりまして、一つは皆川さんによる‶顔はめパネル〟の公開制作。7月2日にライブペインティングで作っていただきました。もう一つは、当館の人気エリア「街なか子育てひろば」での展開。会期中、ミナ ペルホネンのぬいぐるみや積み木、絵本を通して、子どもたちが自由に遊び、親子で実際に布に触れる時間を楽しめる空間となっています。

田中:そしてもう一つが熊本の伝統工芸とのコラボレーション。私は昔からちっちゃなフィギュアや民芸品が大好きで……。今回は美術館の皆さんのおかげで3人の素晴らしい作り手の方々と、数か月もの時間をかけてものづくりができたことが、もううれしくてうれしくて。

岩﨑:いずれも熊本の人なら誰もが知っている郷土玩具です。「おばけの金太」は、紐を引っ張ると目がぐるっと回って口から長い舌を出す、とってもユニークなからくり人形です。二つめは、「あんたがたどこさ、ひごさ、ひごどこさ」という手まり唄で知られる「肥後てまり」。三つめは椿の花が描かれた「花手箱」です。「おばけの金太」を作り続けている〈厚賀人形店〉10代目の厚賀新八郎さん、肥後てまり同好会の鶴田美知子さん、〈住岡郷土玩具製作所〉3代目の住岡孝行さん。このお三方とセッションすることができました。

田中:「おばけの金太」の烏帽子に用いたのは、ブランドの最も新しい柄のひとつ“star garden”。最初は烏帽子の縁に生地を使うというシンプルな発想から始まったのですが、やりとりを重ねる中で、目を星のマークにしたり髪の毛を三つ編みにしたりと、どんどん広がっていったんです。厚賀さんも「それ面白いね!」とのってくださって。歴史ある伝統工芸品をこんなにも快くアレンジしてくださるなんて、と大感激でした。

岩﨑:肥後てまりは2種類。通常の肥後てまりは様々な色の糸を用いてカラフルに仕上げたり、ビビットな印象も強いのですが、コラボレートによって生まれた作品はどちらもシンプルな色ですね。

田中:一つは「星つなぎ」という肥後てまりの伝統柄に、ブランドのアイコンである”choucho”の刺繍をあしらったデザインです。5色の白い糸によるグラデーションに紺の蝶々が舞う、とてもきれいな肥後てまりを作ってくださいました。もうひとつは”anemone”というテキスタイルがベースになっています。

岩﨑:肥後てまりとのセッションは「平面のテキスタイル」を「球体」に変える試み。作り手の鶴田さんに聞いたところ、”anemone”の特徴的な花弁を再現するために40本の補助線を引いて、ようやく花弁のアウトラインを取ることができたそうです。平面から立体へと変換することはそう単純ではなく、世界の捉え方そのものから変えていくようなことだったのかな、と感じました。

田中:とても大変だったという話もうかがいましたし、私の母と同じぐらいの年齢とお聞きして、両親のことを考えたりもしました。完成の時に鶴田さんが「楽しかった」と一言おっしゃってくださって、本当に良かったなって。

岩﨑:私もです…! ここまでシンプルな色とアウトラインだけで肥後てまりを作ることはなかなかない、ともおっしゃっていて、作り手さんにとっても大きな挑戦だったと聞いています。それから花手箱。これは大きさ違いのものが入れ子状になる木の箱で、赤い椿の花が描かれることが多いです。

田中:もともと大事な思い出のものをしまう花嫁道具として作られたそうなので、やはり華やかな花柄がいいだろう、とミナ ペルホネンのカメリア柄である“flowerscope”をモチーフにしていただきました。もう一つは青い水玉のような”soda water”で作っていただいたもの。こちらは花柄ではないのですが、‶ミナの花手箱〟というイメージです。

岩﨑:作り手の住岡さんによると、昔は渦巻きや青海波といった模様の花手箱も作られていたそうなんです。期せずしてではありますが、今回の”soda water”の取り組みが、隠れていた花手箱の別の姿を浮かび上がらせることになったのかな、と横で見ながら感動していたんですよ。

「変わっていくこと」をきちんと受け止める

岩﨑:ここでは、皆様から事前にいただいた質問を田中さんに聞いてみたいと思います。まずは「熊本の印象や九州の思い出があれば教えてください」というシンプルな質問です。

田中:実は両親が宮崎出身で、いとこも熊本におりますので、私にとっては第2の故郷のような土地なんです。今回は熊本市現代美術館が街の中心地に建っていることもあり、買い物からお食事まですべてが楽しかったですね。ブランドとしても親交が深いんですよ。東京の青山に作ったcallというお店では食にも力を入れていて、水俣のお茶屋さんや食の生産者さんとも長くおつきあいを続けています。

岩﨑:ミナ ペルホネンは2015年に、長崎県美術館で「1 ミナカケルーミナ ペルホネンの今までとこれから」という展覧会を開いていますね。実はその直後ぐらいから、当館へのアンケートに「熊本でもミナカケルのような展覧会をしてほしい」という声がたくさん、それこそ大合唱のように届き始めたんです。10年かけてようやく、その熱い想いに応えられた気がしています。

田中:それはとてもうれしいです。ありがとうございます。

岩﨑:次の質問です。「変化の激しい世の中で変わらずにいることはとても難しい。共に働く人たちと思いを共有するときに何を大切にしていますか?」

田中:そうですね、人は毎日変化していくものですし、それが人生だと私自身は思っているんです。なので、変化に耐える・抗うということではなく、受け止める。どう変わっていくのかを常に意識している感覚はありますね。私たちのブランドには230名を超えるスタッフがいるのですが、例えば昨日考えたことと今日思うことが変わったら、「こういうふうに変わった」「やっぱり考え直したい」というコミュニケーションをきちんと取り、共有する。
また、自分から能動的に変えていく変化だけでなく、社会の変化を受動しなくてはいけないことも多々あるので、「自分にとって大事なことは何なのか」「持ち続けていたい感情はどういうものなのか」を、1日1回考えると良いのではないでしょうか。私たちが何のために表現をしているのかというと、究極は世界平和のためだと思うんですね。人々が大事にしたいことを共有できたら戦争も起こらないんじゃないか。そういったことを毎日数秒だけでも考えたいし、チームで共有していきたいとも思っています。

岩﨑:「まずは変化を受け止める」というお話は、「つぐ」という言葉ともつながるように感じました。現代美術館というのは、正解を提示する場ではなくて、問題を提起する場です。今の私たちが生きているのはどういう世界? ということをアーティストが投げかけ、鑑賞者は自分のこととして考える。そういう意味で今回の展覧会は、一つひとつの作品や展示内容を、見る人自身の日常と接続できるところが魅力的だと感じます。

田中:私たちはファッションショーを行わず、その費用を生地の開発などに充てているのですが、同時に、この表現をたくさんの方々に見ていただくにはどうしたらいいのかということも、常に考えてきました。展覧会という形を通して私たちのものづくりや活動が伝わればいいなと思いますし、皆さんの感情や思考を刺激できたのであれば、それをお土産として持ち帰っていただけるとうれしいですね。

デザインは空白と空想から始まる (皆川 明)

後半は皆川 明が登壇。デザインについて繰り広げられるトークに、観客のみなさんはクスクスと笑ったり、ぐいぐいと引き込まれたり。その一部をご紹介します。

今回の展示では、ものづくりに込められた職人の想いや技術、それから、ミナ ペルホネンのアイデアのもとにもなっている「空想の世界」を感じていただけると思います。そこでまずは、僕の思考や空想の世界がどういうふうに生まれるのかについて話しますね。

思考は頭の中の世界から始まりますので、まだ物質にも形にもなっていません。ぼんやりしたものが、現実の世界にある材料と出会ったり、職人の技術が重なったりすることで、洋服やテキスタイルという現実の形として世界に現れる。そのプロセスをいつも不思議に感じるのですが、うまく説明できません。解説してくださる方がいらっしゃるのかもしれないけれど、僕はその答えを自分で見つけるまで、そっとしていようと思っているんです。

デザイナーの仕事で大切なのは……ボーっとしていること(笑)。僕の場合は、朝の散歩に出かけ、帰ってきてシャワーかお風呂に入る。その「空白」がデザインの時間です。ただぼんやりしている空白があることで、飛び込んでくる新しい発想がある。反対に、何か考えが浮かんでこないかな、なんて思ったとたん、何もやってこなくなるものです。

ではデザインって何でしょう? 私たちの場合は、頭の中に浮かんだものが、日常生活を過ごす中でいったんろ過され、時間を経て発酵し、アイデアみたいな姿になって、もう1回自分の頭の中に戻ってくる。そんなサイクルの中で生まれてくるものを「デザイン」と呼んでいるんじゃないかなと思っています。

何年間も熟成して、最初のアイデアとは違う形に辿り着いたデザインもありますし、今朝パッと思い浮かんだことをそのまま図案に描いたようなものもあります。デザインの奥にある時間はさまざま。星の光と同じです。夜空の星は等しく輝いて見えるけれど、何億光年の距離を超えて届く光もあれば、すぐ近くにあって数秒で届いている光もあるのです。

もう一つの世界を信じる力がデザインを拡げる

展覧会の開幕前に、顔はめパネル《One day long ago in the future ー 未来の昔のある一日》を公開制作した皆川さん。ライブペインティングのために用意された時間は6時間だったそうで——。

公開制作をご覧くださった方はだいぶ退屈だったんじゃないでしょうか(会場からは笑い声と、「そんなことないですよ!」の身振り手振りが)。大きな板をただ眺めているだけのような時間も多かったですから、申し訳ないなとも思っているのですが、僕の中で何が行われていたかをお話ししますね。

最初の数時間は、「本当に完成するのか、ちゃんと絵になるのか」と、自分自身が不安になるように描いていくという作業をしていました。なぜなら、まず「自分はどうなっていくんだろう」と思うことが、今は大切だと思っているからです。不安な方へ向かっていると、途中から自分がやりたいことが集まり始めて、いつの間にか不思議な風景ができあがっていく。

反対に、最初からこういう絵を描こうと決めて臨むと、「作業」になってしまいます。そこには空想が足りないというか、自分自身とのセッションではなくなってしまうんですね。ですから顔はめパネルも、どこへ向かっているのかわからないままに手を動かし、描かれたものを眺めながら、1つの色が次の色を教えてくれたり、1本の線が次の絵を誘発してくれたりということを、素直に感じながら描き進めていたわけです。

人間の中には自然があります。現実の世界では、花は花、風は風、光は光として存在しているんですけど、人間の心の中にある自然は、常に変化しているというか、すべてが融合しているというか……。たとえば、風になびく花を描く時、人は花を描きながら風も描いています。「花も風も同じものである」みたいな風景は、現実になくても心の中では理解できる。

もしも人間に空想する能力がなかったら、私たちは現実にある具体的なことしか描けなかったかもしれません。でも僕たちは、現実に無いものや現実から飛躍しているものでも、頭の中にしっかりと描くことができる。「目の前になくても、もう一つの世界には存在するかもしれない」と思える力こそが、デザインをする時のフィールドを無限に広げてくれているのではないでしょうか。

洋服のことで言うと、服は人がその中に入る一番小さな空間です。そして、その洋服のためのテキスタイルに図案を描く時、僕たちは空想を描いているわけです。空想は人の内側にあり、現実世界は外側にある。そのちょうど中間にある膜のような状態が洋服ではないかと思うのです。ということは、洋服の中に、「人が着る空間」としての機能性と、「テキスタイルの図案」という空想世界の両面を表現できたなら、洋服は人生における2つの時間を共有できる場所になる。そんなことをずっと考えています。

ミナ ペルホネンの服に集積しているもの

僕は流行というものをあまり理解できていません。ちょっと誤解を招くかもしれませんが、過去に生まれたたくさんのものを集めたところに浮かびあがる傾向を流行と呼ぶ、ということではないかと思っているんです。つまり、デザイナーにとって流行とは、過ぎ去ったできごとや情報の集積なんだ、と。そう解釈しているので、流行を追うことができないのです。

では、ミナ ペルホネンの服には何が集積しているのでしょう。今回の展覧会で見ていただきたかったのは、職人の方たちの情熱や想い、物語が集積してものができている、ということです。「voice」と題したコーナーで、何十年も一緒に仕事をしてきた職人さんたちの言葉を聴くと、それを強く実感します。彼らは「最善を尽くしましょう」とよく言います。「迷った時は、難しくても、時間がかかっても、ハードルがあっても、最善という基準で選びましょう」と。その気持ちにブレはありません。

たとえばレース刺繍。ミナ ペルホネンでは柄やステッチをフリーハンドで描きますから、どの柄もかなり不揃いに見えると思います。ブランド最初期の1995年に”hoshi*hana”という刺繍のテキスタイルを作った時、まず悩んだことがありました。ブランドとしては不揃いの美しさや手刺繍の味わいを大切にしたいけれど、ハンドステッチでたくさんの洋服を作るとなると、機械刺繍の何百倍も時間がかかってしまう。しかも当時の刺繍工場が使命としていたのは、定規できっちりと引いたステッチや図案を、短時間かつ効率的に生地の上に表現することです。

そこで工場さんと相談して決めたのが、「フリーハンドで描いた図案を機械が読み込んで刺繍する」という、ちょっと合理性に欠けるやり方でした。ものを作ることは、細かい選択の連続です。決まった道があるのではなく、道を作るために「どっちに行きますか?」と問い、選択ボタンを押していく。ミナ ペルホネンは、時間はかかっても佇まいとして美しくなる方、手間はかかるけれど着る人の喜びが大きくなる方を選びました。簡単にできる方、安くできる方、時間がかからない方を選んで作っていけば、そのジャッジは必ずものに現れますから。

僕が手描きの線を引いている時はほとんど無意識に近い状態です。自分の体がどこかに行ってしまって、意識したものが手から筆へ流れて線を引いている。実はそういう時の線って、心臓の音や脈の振動や呼吸のリズムを微妙に拾うんです。脈と呼吸はリズムがちょっと違いますから、おそらくそのゆらぎが線にも表れている。

同じことが、人の歩みに合わせて洋服が揺れるシルエットや、風が吹いて水面に広がる波紋にも言えると思います。線の中に、自然な動きの痕跡が残っているわけですね。そういった、人間や自然界が持っているリズムを線の中に残しておくことで、その線が職人の技術や素材や、もしかしたら機械にさえ、かすかにでも何かを伝えてくれるんじゃないか。証明はできないけれど、心地よさにつながっているんじゃないか。そんなことを思っています。

ちなみに最近は、「機械は機械なりに精一杯頑張っているのに、エラーをおこしてしまう」という現象を活かしたものづくりのことも考え始めているんです。人間にも、「一生懸命やった結果、ヘマをしてしまった。でもそれも味だね」っていうことがありますよね。思った通りにならないことから生まれるゆらぎに、僕は生命力を感じるし、それを機械にも教えてあげたい。AI的なテクノロジーとは違う意味で、人間と機械がより近づけるようなことができないかな、と考え中です。

「変わらない」ものを「変わるもの」で再解釈する

ここからは質問コーナー。田中さんへの質問と同じ問いを、皆川さんにもうかがいました。変わらないことと変わり続けることについて、どう思いますか?

デザインの仕事は、変わろうとか、変わらないようにしようとか考えるまでもなく、呼吸のような形で変化していくんですね。だから変わり続けることは確かです。一方で、1回生み出したものを大事に作り続けましょうという気持ちも、当然強くもっています。そのうえで僕たちが考えているのは、「変わらないもの」を、「変わっていく社会や、変わっていく自分たちの視点」で再解釈していきましょうということです。

長い時間をかけて受け継ぎ大切に作り続けている中で、大切にしているからこそ浮かぶ「小さな工夫」みたいなものがあるならば、少しだけ反映させる。そのわずかな変化に、現代の人間が見て心地よく映る表情をのせることができたら、より長く継承していけるものづくりにつながるのではないか。今回、「session」として伝統工芸の大先輩方がコラボレーションをしてくださいましたが、彼らの姿から学び、自分なりに咀嚼して考えたのはそんなことでした。

次の質問です。皆川さんにとって今ホットなニュースを教えてください。

京都でマリメッコ展が始まりました——っていうと不思議な感じがしますよね。実は1年ほど前にヘルシンキのマリメッコ本社から、「日本でマリメッコ展をするので、会場の空間デザインをやってほしい」と連絡がきたんです。僕は最初、ちょっと驚きました。だって言ってみれば同業者ですから。同業者は互いに距離を取るもの、もっと言えば競い合うもの、みたいな感覚がなんとなくあったわけです。もちろん僕にはマリメッコと競争している意識など全くないんですけど。

不思議な感覚はありましたが、これからはこういうオープンマインドが大事だなと思ってお受けしました。そしたら、僕に与えられたテーマが「マリメッコの未来」(笑)。面白いですよね。面白いなあと思いながら、一生懸命ミナ ペルホネンから離れて、彼らの歴史を紐解き、ブランドの未来について考えました。

プロジェクトが進む中で感動したのは、こんな関係性が作れる人間の力ってすごいな、ということでした。人間は、お互いへのリスペクトや誠意を、価値として分け合うことができる。争いや奪い合いがどんどん激しくなる世界で、デザインは真逆の方法を取ることができる。先ほど田中景子も「最終的には世界平和」と話していましたが、いま目の前に存在しているものへの理解や感謝を積み重ねていくことが、世界の平和にもつながっていくんじゃないかなと、希望を感じたできごとでした。

最後に、熊本の町への想いをお聞かせください。

美術館の近くのアーケードの商店街でも、昔から続いているような喫茶店でも、皆さんが本当に生き生きとされていて、そこが今回熊本に来て一番感動したところでした。この数年、自然災害がとても多かった中で、さまざまな不安と対峙してこられたと思います。人間の幸せな暮らしのために本当に必要なのは、逆境にあった時にどう向き合い、自分の中でどう解決し、次へ進むのかということなんだな、と強く感じました。デザインでできることはわずかですけれども、その‶わずか〟に向き合ってしっかりとものづくりを続けていきたいと思っています。今日はどうもありがとうございました。



文:輪湖雅江
Photo: Masami Miyai, Manami Takahashi

TSUGU つぐ minä perhonen